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2018年02月の記事は以下のとおりです。

法話 こころのまど「おがんで たすけてもらうじゃない」 

  • 2018/02/20 11:21
  • カテゴリー:ブログ

ogande.jpg石見(島根県)の妙好人、有福の善太郎さんの法語。

 

「おがんで たすけてもらうじゃない おがまれてくださる 如来さま」。

 

私たちは、拝んで助けてもらおうとしています。

私の思いを乗せて、仏様に聞いてもらい、叶えてもらおうとしています。

しかしその私の願いは、他を省みない自己中心的な思いでした。

その私たちの思いの前に、仏様の願いがあったと気づかされました。

 

私たちは、とかく仏さまを、こちらから拝まなければと思いがちです。

しかし拝んでいるうちに、私の思いの前に、仏さまの方がこちらを拝んでくださっていました。

こちらから思うより先に、仏さまの方から思われていたことに気づいた善太郎さんの味わいは、まさに他力そのものであります。

 

 浄土真宗の教えは、「拝んでいたら、お仏を称えたら、信じていたら、救われる」というように易しい教えのように思われます。

自分を当てにすることは分かりやすいですが、これを「自力のこころ」といい、 蓮如上人は『領解文』の最初に「もろもろの雑行雑修自力のこころをふりすてて……」と阿弥陀如来に、私の往生浄土の一大事について、あなたの救いの働きにおまかせしますと示されました。

 

自分自身が、自分はこれで大丈夫、これで間違いないと、

自分をたよりとするのではなく、阿弥陀様をたよりとして、お救いにあずかるのでした。

 

 ですから、善太郎さんは、この法語で、こちらから拝んでたすけてもらうんじゃない、こちらからおもうてたすけてもらうんじゃない、仏様に拝まれていたと。

 

 同じように、石見の妙好人・浅原才市さんも

「わたしや(私は)あなた(阿弥陀さま)におがまれて どうぞたすかってくれとおがまれて ご恩うれしや なむあみだぶつ」とうたっています。

 

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