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法話 こころのまど 

  • 2018/09/06 14:06

私のいのちは 無量寿の世界に 帰るのです

2018年9月5日

16:22

四十一歳で三人のお子さんを残し、癌で亡くなった平野恵子さんの『子どもたちよ、ありがとう』の中から。watasinoinochi.JPG

 

無量寿とは、阿弥陀如来そのものであり、およそこの世に存在するすべての。いのちの真実の姿、全宇宙の実相であります。

お母さんは無量寿の世界より生まれ、無量寿の世界へと帰ってゆくものであります。

何故なら無量寿の世界とは、すべての生きとし生けるもの達の。いのちの故郷。そして、お母さんにとっても唯一の帰るべき故郷だからです。お母さんはいつも思います。与えられた平野恵子という生を尽し終えた時、お母さんは嬉々として。いのちの故郷へ帰ってゆくのだろうと。

人は、その死と共にすべての苦しみ、悩み、悲しみ、怒り、恨みからも解放されるものです。

 

そして、空気となって空へ舞い、風となってあなた達と共に野山を駆け巡るのだろうと。緑の草木となってあなた達を慰め、美しい花となってあなた達を喜ばせます。また、水となって川を走り、大洋の波となってあなた達と戯れるのです。時には魚となり、時には鳥となり、時には雨となり、時には雪となるでしょう。

 

 

無量寿のいのちとは、すなわち限りない願いの世界なのです。

そして、すべての生きものは、その深いいのちのねがいに支えられて、生きているのです。だからお母さんも、今まで以上にあなた達の近くに寄り添っているといえるのです。

 

悲しい時、辛い時、嬉しい時、いつでも耳を澄ましてください。お母さんの声が聞こえるはずです。「生きてください、生きてください」というお母さんの願いの声が、励ましが、あなた達の心の底に届くはずです。

お母さんは、やがてあなた達の南無阿弥陀仏となります。

 

由紀乃ちゃんが、生まれた時よりお母さんの仏様だったのです。

 

この十七年間、由紀乃ちゃんはいつも「お母さん頑張って」「お母さん生きてちょうだいと励まし続けてくれました」。

 

そのお陰で、お母さんは貴いいのちの願いに気付かされたのです。

 

お母さんは死を通してのみ、あなた達の南無阿弥陀仏となることができるのです。

 

素行ちゃん、素浄ちゃん、大きくなって、強く、たくましい男性になってください。

そして一切が、支えられて存在することができたのだという、いのちの真実に目覚めてください。

どうか、そして無量寿という言葉を、どうぞ忘れないでください。

 

平野恵子『子どもたちよ、ありがとう』 (抄出)

 

 

阿弥陀如来とは無量寿如来。

 

その意味は「永遠の生命」「限りない存在」とでも訳せましょうか。

 

寿は、いのち。

 

色もなければ形もなく、匂いもない。それは、永遠なる長さであり、測ることのできない重さであり、限りない深さなのです。

 

私たちは限りのある命、長生きしてもそこには限りがあります。

 

しかし阿弥陀如来は無量寿のいのち、限りが無いのです。

 

その阿弥陀如来の願いに、私の命は支えられ、限りある命が尽きたときに、無量寿の世界に帰るのです。

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