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報恩講法要 日時 12月4日(金)

朝    10時

       1時

          お斎を用意します

講師 深水健司師

本願寺派布教使     愛媛県 

 

報恩講は、私たちにお念仏によって救われていく道を開かれた宗祖親鸞聖人のご遺徳をしのぶ法要です。

 

殿(親鸞)の御往生

聖人の臨終を『御伝鈔』は、

 口に世事をまじへず、ただ仏恩のふかきことをのぶ。声に余言をあらはさず、もつぱら称名たゆることなし。

と、世間の事はおっしゃらずに、お念仏の称えながらのご臨終であったと伝えています。

 

また、ご内室の恵心尼様は、親鸞聖人のご臨終にあわれた娘の覚信尼様への返信に、

これまでも申してきましたように、「殿がお浄土へご往生されたことは確かです」とあり、さらにこのお手紙の末尾に「殿のご臨終がどのようにあられましても、始めて申すまでもなくお浄土にご往生されたことは間違いないと堅く信じています」としるされています。

 

臨終の善悪をば申さず

いづれにせよ、生前に聖人は門弟へのお手紙で

 「まず、善信(親鸞)が身には、臨終の善悪をば申さず。信心決定の人は、うたがいなければ、正定聚に住することにて候なり。」

と申されています。

私たちは臨終の相が気になり、問題としています。しかし臨終の様子に関して、善し悪しは問いませんと言い切っておられます。

 

おまかせする

如来さまの「安心せよ、この如来がひきうけている」との阿弥陀様の仰せを真受けにして、この如来さまのおたすけ一つにはなんの間違いも狂いもないと大安心をさせていただくことであります。これが「信心決定」であり、私の往生浄土は「すでに決っていること」ですから問題にはならなかったのです。

「かならず救う」という阿弥陀様の仰せを疑いなく受けいれ順(したが)うことが、信心です。

 ご信心が定まっている人には疑う心がないのですから、浄土往生を約束された「「まちがいもなく、仏になれるに間違いのないなかま(聚)に定められる」である正定聚(しょうじょうじゅ)」の位にあるのです。

私の往生浄土を、親様といただく阿弥陀様が「われにまかせよ」いうこころを、「南無阿弥陀仏」という喚び声として聞き、私たちは「はい」とうなずき、「南無阿弥陀仏」とお礼申すばかりです。

 

ねんぶつは 親のよびごえ 子の返事

                                                                      浅原才市

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